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熊本地方裁判所山鹿支部 昭和37年(ワ)23号 判決

原告 西村昭徳

被告 宮本義隆 外五名

主文

被告宮本義隆同城克之同右田孝同宮本真吾同城常雄は原告に対し各自金六万円を支払え。

原告の被告城隆義に対する請求ならびに第一項各被告に対するその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用中、原告と第一項各被告との間に生じた分はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を右各被告等の負担とし、原告と被告城隆義との間に生じた分は全額原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は連帯して原告に対し、治療費ならびに損害賠償として金三〇万円を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」旨の判決を求め、その請求原因として、

一、原告は未成年者(本件口頭弁論終結時は成年)で、中学卒業後親権者たる実母西村カツエと共に、自小作合わせ三反七畝歩の水田を共同耕作し、かつその傍ら右カツエと共に居村内の建設省河川改修工事現場に就労し、同女と共に右両名の得る右収入等によつて、妹二人弟一人を扶養して来たものである。

二、しかるところ、原告は昭和三六年八月日不詳頃、被告宮本義隆の妻である訴外宮本春代(当二十八年位)が、原告の母カツエの不在中、原告宅に押しかけ宿泊した際、右春代からの積極的な誘惑を受け、ついに同女と肉体関係を結ぶに至り、以来同人の能動的な勧誘を受けて同人と数回情交を重ねるに至つた。

三、ところが、同年一一月二三日午後七時頃、原告は被告右田孝および同城常雄の両名から、被告宮本真吾(被告宮本義隆の実父)宅まで来るよう呼出しを受け、右常雄等によつて右真吾宅まで連行せられたうえ、同所において、被告等から交々「姦通罪として告訴する。もし告訴されたくなければ、即時八〇万円の慰藉料を支払え。」と怒鳴られ脅迫され、原告が実情を述べて陳謝に努めたにも拘らず、被告等は聴き入れず、原告を取り囲んで、集団で暴行を加え、原告に対し、頭部打撲挫傷、項部右手関節打撲挫傷脳震蕩等の傷害を負わせた。

四、原告は右受傷によつて即日菊池市横田病院に入院し昭和三七年二月五日迄治療を受け、医療費の関係で同日一応退院はしたが、現在(昭和三七年四月現在のこと。以下同じ。)も完治の見込みが立たない状態である。

なお、原告の右入院間、被告等は一度も見舞に来なかつたのみならず、謝罪の意を表したことさえなかつた。

五、そのため、原告および原告の母カツエは共に労働を休むの余儀なき結果に至り、生活の収入源を失つたので、ついにその所有田一反九畝余を処分し、辛うじて現在まで過して来たのであるが、右の如く全治の見込みが立たず、今後の治療ならびに生活のことを考えるとき全く途方に暮れている次第で、被告等の不法行為により原告は将来回復することのできない甚大な精神上ならびに物質上の打撃損害を蒙むつたのであるが、そのうち被告等に対し左に掲ぐる金額の治療費ならびに損害賠償、すなわち

(1)  金三万七、九五〇円

但し原告の前記建設省河川改修工事就労による日給三〇〇円および原告の母カツエの同就労による日給二五〇円計一日五五〇円の割合による昭和三六年一一月二四日から同三七年一月末日まで六九日間の賃金相当額

(2)  金四、〇〇〇円

但し原告の姉である訴外西村富子が原告看護のため昭和三六年一一月二四日から同年一二月三日まで一〇日間その勤務先を欠勤したことによる賃金の減収分

(3)  金八、四〇〇円

但し原告が前記河川改修工事を休んだため支給を受け得なかつた年末賞与金相当額

(4)  金七、〇〇〇円

但し原告の母カツエが右河川工事就労を休んだため支給を受け得なかつた年末賞与金相当額

(5)  金三万九、五九六円

但し原告の昭和三六年一一月二四日から同三七年一月末日迄の横田病院入院費および治療費

(6)  金一万二、〇〇〇円

但し現在までの交通費その他諸雑費

(7)  金一九万一、〇五四円

但し原告全治まで向後六ケ月を要するものと見積りその間の治療費、生活費および諸雑費

以上合計金三〇万円

の支払を求めるものである。

旨述べ、被告等訴訟代理人の「訴外宮本春代は原告より強姦されたものである。」旨の主張に対しては、原告と右訴外宮本春代間の最初の情交は右訴外人が原告を同一蚊帳内に誘い、右訴外人の方から進んで原告の身体を引き寄せ肉体関係を求めたものであり、万ケ一原告が暴力をもつて右訴外人を犯そうとしたものであれば同じ場所に原告の弟妹達も寝ていたことであるから訴外人としては十分助けを求めることができた筈であり、当時未成年(十七才)の原告に、同人の方から進んで右訴外人に関係を求めるような図々しさは到底なかつた筈である。またその後数回の情交はすべて右訴外人が同人方寝所に原告を呼び入れて情交していることからも、両人の肉体関係が強姦などではなく、和姦であることが明白である旨述べた。立証〈省略〉

被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、

一、原告主張請求原因事実第一項中、原告が未成年者(本件口頭弁論終結時は成年)である事実のみ認め、その他は不知。

二、同第二項中、訴外宮本春代と原告との間に肉体関係があつたことは認めるが、その余は否認する。

なお、右情交関係はいずれも原告が右訴外人を強姦したものである。

三、同第三、四項については、原告と被告等との間に喧嘩があつてその際原告が或程度の怪我をし入院したことは認めるも、受傷の部位、程度は不知。その他は否認する。

四、同第五項はすべて否認する。

旨述べた。立証〈省略〉

理由

成立に争いのない甲第二ないし第八号証ならびに証人横田伸治の証言、同証言によりその成立の真正が認められる甲第一号証(ただし同証記載内容中金額三万九、五九六円とあるは右証人横田伸治の証言に照らし三万九、五九三円の誤記であると認める。)、原告法定代理人西村カツエ(尋問当時は原告未成年のため法定代理人、以下同じ。)および原告本人の各供述を総合すれば、原告は昭和三六年一一月二三日午後六時頃、被告宮本義隆の親族である被告城常雄同右田孝の両名から呼び出され、右義隆宅まで連行されたうえ、同所において被告等から交々原告が右義隆の出稼ぎ不在中、同人の妻である訴外宮本春代(当時二十五才)と情を通じたことについて強く難詰され、慰藉料八〇万円の支払方を要求せられたが、原告が同人の身上を案じて後から同所に来ていた実母の西村カツエ等と相談の結果到底そのような高額の慰藉料は支払う能力がない旨答えると、被告等は原告に誠意がないとして激昂し、被告義隆は原告の後頭部に皿を投げつけ、手拳で同人の顔面を数回殴打し、さらにブリキ製の籠で同人をめつた打ちにしたりして暴行し、被告城克之は被告義隆が右のように原告に対し皿を投げつけ暴行を始めると直ちにこれに加勢して原告を引き立て殴打足蹴にしたり、同人の髪の毛を引つ張つたり、同人を土間に蹴り落す等の暴行を加え、被告右田孝も右両被告と共に原告の髪の毛を引つ張つて同人の顔や脇腹等を殴打したり足蹴にして暴行し、被告宮本真吾同城常雄は右現場において、右被告義隆同克之同孝等に対し、「やれやれ、打つて打つて打ちころばかせ、半殺しにしてやれ。」等と声援し続けておつたこと。原告は被告等の右暴行に対し全然抵抗せず、かつ前記土間に蹴り落されてからは倒れたまま動けなくなつてしまつたので、被告等も暴行を止めたこと。原告は右暴行を受けて身体全体が腫れ上り、また頭を打たれたため一時は意識を失つたような状態になつていたので、実母の前記西村カツエ外一名の者が原告を背負うようにして辛うじて自宅に連れ帰り、村内の医師の診療を受けたが、重傷でその手に負えぬということで、翌々二五日菊池市の横田外科医院に入院の結果、頭部打撲挫傷、項部、右手関節打撲挫傷、脳震蕩と診察され、昭和三七年二月五日まで治療を続け同月六日退院したが引き続き同月一六日まで通院して治療を受けたこと。等の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

しかして、原告の右負傷が被告宮本義隆同城克之同右田孝の共同加功により生じたものであることは勿論であるが、被告宮本真吾同城常雄も直接手は下さなかつたものの、前記のように現場において盛んに声援を送り右宮本義隆等三名の実行々為に現場助勢したものであるから、右実行々為等と同様に原告の受傷結果に対する共同不法行為者として各自連帯してその損害賠償の責に任ずべきものといわなければならない(民法第七一九条第二項第一項)。

被告城隆義については、同人が右被告宮本義隆等と相共に直接原告に対し手を下したと認むべき証拠も、また右義隆等の暴行々為について同人等との間に意思連絡通謀が存したものと認むるに足る証拠も共に全くこれを欠くので同人は原告の受傷結果に対し何等の責任がないものというべきである。

よつて進んで原告の受けた損害の額について検討するに、前記証人横田伸治の証言ならびに原告法定代理人西村カツエおよび原告本人に対する各尋問結果によるとつぎのことが認められ、これを覆えすに足る反証はない。すなわち

(1)  原告は本件受傷に因り昭和三六年一一月二五日から同三七年二月五日まで菊池市所在の横田外科医院に入院し、同月六日退院してその後同月一六日まで通院しているが、その間右昭和三六年一一月二五日から同三七年一月末日までの入院加療費は合計三万九、五九三円である(昭和三七年二月一日以降の入院ならびに通院加療費については立証がない。)ことが認められ、斯かる費用は原告の右負傷治療のため当然必要だつたものというべきであるから、原告が本件不法行為に因る受傷の結果蒙つた通常の損害と認めることができる。

(2)  原告は本件受傷当時河川工事に人夫として就労し日給二八〇円(原告訴訟代理人は原告の日給は三〇〇円であると主張するが、これを認むべき証拠はない。)を得ておつたことが認められるので、本件受傷によつて療養、入院する等のことがなく、従前通り稼働し得たとすると、すくなくとも延日数七五日間(昭和三六年一一月分七日、同年一二月分三一日、同三七年一月分三一日、同年二月分六日計七五日)就労することができ、これが賃金として合計二万一、〇〇〇円の収入を得られたことが計数上明らかであるので、右金額は本件受傷に因る得べかりし利益の損失としてこれを肯定すべきものである。(尤も原告は右不就労期間中、受傷翌日の昭和三六年一一月二四日から同三七年一月末日までの六九日間分についてしか右損害の賠償を請求していないので、右得べかりし利益の喪失による損害額も右限度内に限られ、そうすると右金額が一万九、三二〇円となるものであることもその計数上明白である。)

(3)  原告は本件傷害に遭うことなく右河川工事に平常通り就労していたとすると、昭和三六年一二月三〇日現在において、最小限約七、五〇〇円の年末賞与を受け得られたことが認められるので、斯かる金額も本件受傷に因る得べかりし利益の喪失として原告の蒙つた損害というべきである。

(4)  (イ) 原告の実母訴外西村カツエも原告の本件受傷当時、月平均約二〇日間の割合で右河川工事に人夫として就労し日給二二〇円(原告訴訟代理人は右訴外人の日給は二五〇円であると主張するが、これを認むべき証拠はない。)を得ておつたところ、原告の右受傷による療養、入院により、その期間中、後記のように訴外西村富子が附添つた約一〇日間を除いて、終始原告の附添看護に従事することを余儀なくされたため、右河川工事に就労することができなくなつたことが認められる。

そうすると、前記のように原告の療養、入院していた期間は七五日であるから、これより右訴外西村富子の附添期間一〇日を差引いた残余六五日間における訴外西村カツエの前記稼働率(20/30)による河川工事就労可能日数は約四三日であつて、これが賃金として合計九、四六〇円の収入を得られたことが計数上明らかである。(尤も原告は右西村カツエが附添看護による不就労によつて喪つた得べかりし利益の損害賠償を原告受傷翌日の昭和三六年一一月二四日から同三七年一月末日までの期間内に限つて請求しているので、これによると右訴外人の右期間における就労可能日数は右期間の全日数から前記訴外西村富子の附添日数一〇日を差引いた残余五九日の20/30に当る約三九日であり、したがつて、これが賃金として合計約八、五八〇円の収入を得られたものであることがその計数上明らかである。)

(ロ) なお、右訴外西村カツエは右のように原告の附添看護等のため休むことなく、右河川工事に平常通り就労していたとすると、原告同様昭和三六年一二月三〇日現在において、最小限約六、〇〇〇円の年末賞与を受け得られたことが認められる。

しかして、右訴外西村カツエの右(イ)(ロ)掲記の各得べかりし収入(利益)の喪失は被告等の原告に対する共同不法行為(集団暴行)により原告が受傷して療養、入院を余儀なくせられた結果必要となつた附添看護専従のための就労不能に因るものであつて、被告等の右不法行為がなかつたら、右訴外人の就労不能による収入の喪失(損害)も生じなかつたものであり、かつ右得べかりし収入は労賃である点において同じく労働の対価である附添看護そのものの費用すなわち附添看護料(他人を附添看護に雇つた場合の出費)と同質性を有し、なお金額的にも両者は概ね同額程度にあり、等価性を有するものであるから、決して異常損害とはみられないのみならず、右附添看護は右訴外人の原告に対する直系血族(直系尊属)たる地位に基づく法律上の扶養義務(民法第八七七条第一項により訴外人と原告とは互いに扶養をする義務のあることは明らかである。)の履行としてなされたものであることは法定代理人西村カツエの尋問結果ならびに本件弁論の全趣旨を総合すればこれを窺い得るところであり、したがつて右訴外人において原告に対し、これが出損の返還を請求し得ない性質のものであることも自ら明らかであるので、右訴外人の前記逸失利益は被告等の共同不法行為との間に相当因果関係を有する損害(治療費)となるものというべきである。(総合判例研究叢書民法(12)三六頁参照)

そうすると、斯かる損害を受けた右扶養義務者たる右訴外西村カツエが不法行為者たる被告等に対し直接その賠償を請求し得ることは当然である(昭和一二年二月一二日大審院判決参照)が、本訴のごとく、右逸失利益の直接の主体者でない原告からその賠償を請求することが許されるものであるか否かについては検討を要するものといわなければならない。

けだし、現行民法は家族といえども、原則としてはこれを個人単位においてとらえ、損害の発生や賠償請求権の帰属等もその一人々について定めるという立前をとつておつて、家族を集団的な生活共同体として把握し、これに「家団」というような集合人格を認めてこれに対する権利義務の帰属を認め、当該家族中の特定の者に対する第三者の不法行為による損害については同家族中の他の構成員からもその賠償を請求し得るというような特別の法理は認めておらないし、また家族中の或る者に対する第三者の加害行為に因り同家族中の他の者に対し生じた損害についても、右或る者において自己固有の損害分と併せて一元的にこれが賠償を請求し得るものとし、もつて家族が各自その賠償請求をしなければならないというような多元的な訴求手続を避けその簡捷化を図るべきであるという便宜論もその成文上の根拠を欠くのみならず、かかる場合における賠償請求権行使の錯雑化も選定当事者制度(民事訴訟法第四七条)の活用等によつて相当程度避け得られる途が拓けておるのであるから、右のような便宜的措置を解釈の運用面において是認しなければならないというような必要性も実際にはそうないものといわざるを得ないのである。

尤も判例はこれまで受傷者(被害者)の扶養義務者が治療費を負担した場合において、当該扶養義務者に加害者に対する賠償請求を認めた(前掲の昭和一二年二月一二日大審院判決)だけでなく、右負担者でない受傷者(被害者)からも右扶養義務者の負担した右治療費について加害者に対し直接賠償請求することを認めている(昭和一八年四月九日大審院判決、昭和三二年六月二〇日最高裁第一小法廷判決各参照。)のであるが、右後者の判例もその本旨とするところを精察してみると、法律上の扶養義務者が治療費を負担した場合において、すべて被害者から加害者に対し右治療費の賠償請求をなすことを一般的に認めたものとは解し難い。

そこで右判例に示されている事実関係その他に徴し考えてみると、およそ扶養義務者が負担した治療費について被害者からの賠償請求を認め得るためには、右両者の間に、かかる請求権の行使を相当とし、かつ些かの紛争を生ずる余地もない実質関係の基盤が存することを要するものと考えられるので、このためには、治療費を負担した扶養義務者が受傷者(被害者)との間に法律上の扶養義務干係があるというだけでなく、さらに現実にも受傷者を扶養し、もしくは相互に扶養し合つているという実態が存し(扶養の現実性。)、かつ受傷者の収入、支出が右扶養義務者の計算において行われているか、相互の収入、支出がプール化されて家計を支えている等、右扶養義務者と受傷者との生計が一体化しておつて、不法行為者たる第三者に対する賠償請求を受傷者から行つても、その結果の享受は実質的に扶養義務者もしくは同人および受傷者の共有に帰し(生計ないし計算の一体性。)、請求権の行使や結果の帰属に関し両者間に何らの紛議を招く余地がない(紛争性の欠如。)というような事実関係が存し、賠償請求権者を形式的に厳別する必要のない場合であることを要するものと考えられる。

右判例も斯かる条件すなわち扶養義務者と被害者との間に扶養の現実性や生計ないし計算の一体性が存し、紛争性を全く欠如しているという条件を充足した事実干係のもとにおける結論であるといわざるを得ないのである。

しかして、扶養義務者と被害者との間における斯かる関係というものは、通常は親子、兄弟、姉妹間というような高度の血縁関係と一致するものであるが、そのような近親間において生計ないし計算が分離独立化しておるときは、紛争性の余地が存し賠償請求権帰属の厳別性が要請されるので、右判例の結論は妥当せず、その場合は現実に治療費を負担した扶養義務者からの請求権行使(すなわち共同訴訟ないし選定当事者による訴訟)しか認められないものと考えざるを得ないのである。

尤も、別に視点を損害の発生原因論に置けば、扶養義務者の損害といつても、それは受傷者(被害者)が第三者の不法行為によつて損害を蒙つたことにより右扶養義務者が法律上の扶養義務に基づいて右損害を填補するため治療費(扶養義務者たる家族が受傷家族の附添看護をなしたため逸失した利益も治療費たる損害の範疇に入ることについては既述したとおりである。)を負担したことにより反射的に生じたという性質のものであつて、受傷者の損害を基本的な淵源とし、究極的には加害者に対する扶養義務者の請求権も、被害者本人の同請求権も共に被害者自身の損害を填補するという共通の目的に奉仕するものであつて、いわゆる目的共同的干係にあるものである(総合判例研究叢書民法(12)四三頁谷口知平、植林弘両教授説参照)から、右のような扶養義務者と被害者との間における生計の一体性等というような要件の有無に拘らず、これが賠償を被害者(受傷者)から行うことを敢えて妨げるものではないという理論も成り立ち得る余地があると考えられるが、しかし斯かる損害の同一淵源性や填補の目的共同関係のみから直ちに扶養義務者の負担した損害につき被害者よりの賠償請求を当然視するには十分でなく、やや形式論理に傾く嫌いがあるのではないかとも思われ、遽かには賛し得ない。

これを要するに、扶養義務者が負担した治療費について、被害者からの賠償請求を認め得るためには、右のような損害の同一淵源性や填補の目的共同的関係という法律的性質(形式的要件)に加えて、前述したような扶養義務者と被害者との間における扶養の現実性、生計ないし計算の一体性ならびに紛争性の欠如という実質関係(実質的要件)の併存することを要するものと考えられ、斯かる場合に限つて被害者からの請求(扶養義務者からの請求も認め得ることは勿論である。)が肯認し得られるものと考えられるのである。

よつて、右の見地に立つて本件の場合を判断するに、訴外西村カツエの前記損害(原告に対する附添看護のため就労し得なかつたことによつて喪つた得べかりし労賃収入)は受傷者たる原告が被告等の共同不法行為に因つて附添看護を必要とするような傷害(損害)を受けたために、右訴外人が法律上の扶養義務に基づき負担を余儀なくされた右損害の填補としての附添看護により反射的に生じたものであるから、被害者たる原告の損害を基本的淵源とするものであることは言うを俟たないところであるのみならず、原告本人および法定代理人の各尋問結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告は本件受傷当時一七才の未成年者で実母たる右訴外西村カツエと同居してその親権に服し、かつ右母カツエと共働し、その収支計算も一にして相互に扶養し合うと共に同居の弟妹を養育し一家の生計を立てておつたものであつて、両者の間に扶養の現実性、生計ないし計算の一体性ならびに紛争性の欠如というような実質関係の存することが明認される。

そうすると、本件の場合は前述したような形式的要件と実質的要件とを共に具備していることが明らかであるから、右訴外西村カツエが原告の附添看護のため逸失した利益についても、その賠償を原告から被告等に対し請求することは相当であり(前記昭和一八年四月九日付大審院判決ならびに同三二年六月二〇日付最高裁第一小法廷判決の本旨とするところとも合致しているというべきである。)、前記認定金額の限度においてこれを認容し得るものであるといわなければならない。

原告訴訟代理人は以上の(1) ないし(4) の損害のほか、

(イ)  原告の実姉である訴外西村富子が入院中の原告附添いのためその勤め先を休んだため得られなかつた賃金合計

四、〇〇〇円相当の得べかりし利益の喪失による損害

(ロ)  前記訴外西村カツエが原告入院間附添看護等のため自宅と病院の間を往復し、また原告が入退院ならびに通院のため同区間を往復した各交通費その他諸雑費として要した合計金一万二、〇〇〇円の損失

(ハ)  本件起訴時現在において、原告は全治まで猶六ケ月を要するものと推測され、その間の治療費、生活費その他諸雑費として合計一九万一、〇五四円を要するものと見込まれるので同金額相当の損失

等についても、被告等の共同不法行為に因り生じた損害であると主張しているが、(イ)については、訴外西村富子が原告の実姉であつて、原告の受傷による入院療養間約一〇日程同人の附添看護のため勤務先の熊本市肥後製糸を体んだ事実は認められるが、右訴外人の賃金額は明らかでなく(法定代理人西村カツエは三五〇円位と思う旨述べているがその供述自体あいまいで措信し難い)、かつ右休務による賃金減額の有無、また減額されたとしてもその金額は幾若であつたかについての立証(仮りに日給が三五〇円で一〇日間休んだことが認められるとしても、必らずしも、右休んだ全日数について無給休暇扱いがなされるとは限らず、その全部もしくは一部について有給休暇扱いのなされることもあるので、賃金カツトの有無ならびにカツト額についての具体的立証が必要であると考える。)もないので、右訴外人の逸失利益についての原告の請求は同人と右訴外人との間における前記のような生計の一体性等の有無に関する検討を俟つまでもなく、これを認めることができないものといわざるを得ない。

また、(ロ)および(ハ)についてはその主張に係る損害の項目自体漠然としておるのみならず、右損害の金額についてはこれを確認し得るに足る何ら具体的立証がなく、その他とくに合理的推定を相当とするような特殊事情の存在も窺われないので、いずれもこれを認め難い。

尤も右(ハ)叫については原告本人尋問の結果では、原告がその負傷全治(その時期は不明)後の現在も軽度の視力減退を遺している事実が認められるが、それによる物質的損害(原告は本訴において精神的損害については何らの請求もなしておらない。)の有無ならびに程度については、やはり何らの立証がないので、結局右損害についてもこれを認め得ないものといわなければならない。

そうすると、被告城隆義を除いた爾余の被告五名は原告に対し、民法第七百十九条の共同不法行為者として各自連帯して前記(1) ないし(4) の損害額合計金八万九九三円を支払うべき義務があるものというべきであるが、被告等が原告に対し前記のような集団暴行を加えるに至つた動機をみると、それは原告が被告宮本義隆め出稼ぎ不在中同人の妻訴外宮本春代と情を通じたことにあるものであることは成立に争いのない前記甲第二、第四、第五各号証ならびに原告本人尋問の結果に照らし明らかであるから、この点原告側に被告等の本件加害行為を誘発した過失があるものというべく、同被告等に対する賠償額の範囲につき民法第七百二十二条第二項により原告の右過失を斟酌すべきものといわなければならない。

しかして、右斟酌の具体的適用にあたつては、原告が本件受傷により蒙むつたとみられる精神的苦痛に対する慰藉料(精神的損害に対する賠償)については同人においてその請求を全然しておらないこと(しかして、これは前記法定代理人西村カツエに対する尋問結果その他原告訴訟代理人の弁論の全趣旨に徴すると、原告が被告宮本義隆の妻と通じたことが被告等の前記暴行を誘発する動機となつたことを原告において自省し自粛するの念慮に出ているものと推認される。)等の反対要素も考慮に容れるべきであり、結局被告等(ただし被告城隆義を除く、以下同じ。)の原告に対し各自賠償すべき損害額は金六万円をもつて相当とすべきものであると思料する。

したがつて、原告の被告等に対する本訴請求は右認定の限度においては理由があるからこれを認容し、右限度を超える部分ならびに被告城隆義に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文、第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石川晴雄)

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